Coincidence and fate

So what's the use between death and glory?

今日が誕生日という話。

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3/17、僕は誕生日を迎える。
なんとビックリ、アラフォーってやつになってしまうらしい。
時の流れは残酷だ。

今まで誕生日なんて特段何も意識したことなんて無かったけど、昨年から今年にかけて、色々な面で個人的な"変化"を実感することが多い。
そんな最中にいるからか、ふと立ち止まって、ちょっと今の自分に関して考えてみたくなった。何が変わったのだ、俺は。

昔は。というほど昔ではなく、ほんの数年前までは。人生には劇的な瞬間があって、俺はその瞬間を迎えるまでは死ねないのだと、思っていた。
いや、具体的にそう信じていた、というよりかは無意識下でそんな風に感じていた、という方が正しい。

仕事でも趣味でも、ドラマチックなクライマックスがやってきたり、ある日突然の出会いが人生を変えたり。そんな瞬間を待ちわびていた気がする。もちろん楽観的が過ぎるけども。

でもまぁ結果的には、今のところ人生においてそんな劇的な何かは訪れていないし、そんな気配もない。
淡々とした日常が常にそこにあり、その中で喜んだり、苛ついたり、ガッカリしたり、笑ったり。そんな平々凡々とした毎日を日々生きているだけだ。

昔は。
そんな日々にちょっとイライラしてたかもしれない。
「なんかおもしれーこと起きないかな」「明日俺はスゲーやつになってないかな」
とか。
起きるわけないと思いながら、そんな非日常に期待をしている自分が、いた。ような気がする。

でも最近はとんとそいつに出会わない。
その代わり、日々が昔より愛しく感じられるようになってきた。

物件探しでクタクタになりながら食べる牛丼とか。
そんなつもり無かったのに上手い具合に手に入れられたトイレットペーパーとティッシュとか。
週一のご褒美に食べるもうやんカレーとか。
なんか良い感じの景色とか。
そんなちょっとした"日々のあわ"に、ホッとしたり、嬉しくなったりするのだ。

ちょっと昔の僕が今の僕を見たら、なんて言うのかな。
「お前それで喜び感じられるようになったのか!良かったな!めちゃめちゃ人間ぽいじゃん!幸せじゃん!」って言うかな。
案外良いやつだな俺。



🍩🍩🍩



劇場版SHIROBAKOを見た。
なんだか何度も、ちょっとしたところで泣いちゃった気がする。
みゃーもり達にもクライマックスは無かった。ただ永続的に続いていく仕事と日常があって、それなりに辛いけど、それなりに楽しい日々がそこには描かれていた。
同じだーと思った。
人生、なんか基本つまんないけど、そのつまんなさも含めておもしれーんだよなって、最近は思うのだ。
それと、そう思えること自体が、わりかし幸せなんだとも思うのだ。

「俺たちの戦いはこれからも続く」

クライマックスなき日常の中で、そう思いながら死ねたら、それが一番幸せなのかもしれないね。
だからまぁ今日も僕はボチボチ生きるよ。